大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(行ケ)25号 判決

神奈川県横浜市港北区日吉7丁目3-10

原告

安田宏明

訴訟代理人弁護士

吉武賢次

神谷巖

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

浜勇

中村友之

井上元廣

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成4年審判第9855号事件について、平成4年12月22日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年8月8日、名称を「ピン、ワッシャー、溶植用プラー」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願(実願昭59-121754号)をしたが、平成4年4月6日に拒絶査定を受けたので、同年5月27日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第9855号事件として審理し、同年12月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成5年2月10日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

溶植機に接続してプラー本体に通電し得るよう電極部を設け、プラー先端に導電性の棒状のピン、または、山形状のワッシャーを備え、前記溶植機の入力によって、該棒状ピン、または、ワッシャーの一点で、へこんだパネル面に連続して繰り返し溶植し、引き出せるようにしたことを特徴とするピン、ワッシャー、溶植用プラー。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し(誤記訂正済みのもの)記載のとおり、本願考案は、本願出願前に頒布された刊行物である実願昭56-110728号(実開昭58-18614号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(以下「引用例1」といい、その考案を「引用例考案1」という。)及び特開昭51-145460号公報(以下「引用例2」といい、その考案を「引用例考案2」という。)に記載されたものに基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものであるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願考案の要旨、引用例1及び同2の記載事項の認定(審決書2頁2行~5頁1行、5頁15行~6頁1行)は認める。本願考案と引用例考案1の一致点の認定及び相違点の判断を争う。

審決は、引用例1の記載事項の内容を誤認して、本願考案と引用例考案1との一致点の認定を誤り(取消事由1)、また、両考案の相違点の判断を誤り(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、引用例1には、「トランスに接続して矯正具本体に通電し得るよう電極部を設け、矯正具本体の前部側に取付けられた電極の前端に導電性のワッシャーを備え、前記トランスの入力によってワッシャの一点で、凹んだボディーに連続して繰り返し溶接し、引き出せるようにした矯正具」が記載されていると認定している。

しかし、引用例1には、従来技術に関して、「トランス20に接続される電極21に円環状の引き出しリング22(通常、ワッシャー等が用いられる。)を装着し、該リング22を凹み部分Hに対し縦向きにして溶接し」(甲第3号証・明細書1頁17行~2頁1行)と記載されており、また、その実施例について、「電極6の前端面には引き出しリング10(本例では、引き出しリングとしてはワッシャーが用いられており、以下において引き出しリングをワッシャと呼ぶ。)を取付ける」(同4頁2~6行)と記載されているように、引用例考案1は、従来から存する円形のワッシャーを先端に取り付けて溶植するものであり、この円形ワッシャーを用いると、自動車のボディーのパネルの凹み等に溶植した際、ワッシャーの当該部が溶融し、自動車のボディーなどにバリとなって融着する。したがって、ワッシャーの一点では一回しか溶植をすることができず、次の溶接をするには、ワッシャーの別の部分を用いなければならないので、一点で連続的には溶植することができない。このため、一個のワッシャーで10~20回程度しか溶植できない。

これに対し、本願考案の「ワッシャー」は、本願考案の要旨に「プラー先端に導電性の・・・山形状のワッシャーを備え、・・・ワッシャーの一点で、へこんだパネル面に連続して繰り返し溶植し」とあるように、山形状のワッシャーであって、山の一点だけで溶植を繰り返しできるようにしたものである。ワッシャーは、ボディに溶植した際、溶融して欠損を生ずるが、山を高くすれば、その一点で多数回溶植でき、ワッシャー交換の手間が大幅に省けるという作用効果がある。

このように、本願考案は引用例考案1と異なるものであるのにもかかわらず、審決は、両者が「溶植機に接続してプラー本体に通電し得るよう電極を設け、プラー先端に導電性のワッシャーを備え、前記溶植機の入力によって、該ワッシャーの一点で、へこんだパネル面に連続して繰り返し溶植し、引き出せるようにしたことを特徴とする溶植用プラー」である点で一致するとして、一致点の認定を誤った。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)

審決は、相違点の判断において、「引用例1記載のワッシャーに換えて引用例2記載の棒状のピンを応用して本願考案のようにすることは当業者が必要に応じてきわめて容易に考案できたもの」としている。

しかし、引用例2に記載された溶植ピンには、図面上3aの番号で指示されている溶植し易くするための凸部が設けられており、この凸部は溶接の際溶融してしまうものである。すなわち、引用例考案2の溶植ピンは、その端部を溶融し易い形状及び溶接し易い構造にして、凹んだボディーに溶接にて固着することを要件としたものであり、一回限りの使用が予定されているのであって、当然のことながら、再使用は予定されていない。その溶接方法も、アーク溶接やプロゼクションスポット溶接などの抵抗溶接を用いて、引き出し用把持体をボディーに外れないようにしっかりと溶接するようにしたものである。

これに対し、本願考案の溶植片は、本願明細書に「これを完了してワッシャー6をパネルから外すときには、プラー本体1を左右方向に回せば容易に外すことができる。」(甲第2号証の1・明細書5頁15~18行)と記載されているとおり、作業者の手の力で、容易に捻じり取ることができる程度の微量の電流で溶植されるので、引用例考案2とは溶接方法も異なり、その山形状のワッシャーは再使用が予定されていることは明らかである。

そして、本願考案の棒状のピンが、山形状のワッシャーと同じように一点で連続的に繰り返し使用できることは、本願明細書に「本実施例においてはチップ5の先端にワッシャー6を保持し、これを使用する場合を例示しているが、ピンを保持させてこれを使用するようにしてもよいことは勿論である。」(同4頁14~17行)と記載されているところから明らかである。

そうすると、再使用を予定されていない引用例考案2のピンと引用例考案1のワッシャーとを組み合わせても、一点で連続的に繰り返し使用できる本願考案に到達することはできないから、本願発明は、引用例考案1及び同2に基づいて、当業者がきわめて容易に考案できたものとした審決の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  取消事由1にっいて

引用例考案1は、ワッシャーを凹んだパネル面の凹み部分に、凹みの程度に応じて場所変えし連続して繰り返し溶植し、引き出せるようにしたものであって、溶植回数が原告の主張する10~20回程度しかできないかどうかは特定できないが、本願考案と同じように、一つの溶植片(ワッシャー)を何回も使用でき、かつ、一つの凹みを矯正する一連の作業をワッシャー交換の手間なしにできるという作用効果を奏するものである。

また、引用例1の「ワッシャー10をボディーの凹み部分における所定の位置に当接させると、・・・電流が流れてワッシャー10が溶接される。このことによって、ワッシャー10がボディーBに対して仮付けされる。・・・ボディBの凹みHが原状態に矯正される。この工程が完了した後、握りアーム9を回動させて、矯正具1全体にひねりを加えてやると、ワッシャー10はボディーBから容易に解離される。このようにして、上記工程を凹みHの程度に応じて場所変えしながら繰り返すことによって、ボディーBの凹みHはほぼ完全に矯正される。」(甲第3号証・明細書4頁15行~5頁10行)との記載によれば、引用例考案1のワッシャーは、外れないようにしっかりと溶接して固定されているのではなく、むしろ、作業者の手の力で、容易に捩り取ることができる程度の微量の電流で溶接されるものであり、振り取った後、そのまま一点で連続的に繰り返し溶植でき、再使用できることになり、本願考案と同様な作用効果を奏するものである。

したがって、本願考案と引用例考案1との一致点に関する審決の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

引用例2には、その形状からみても明らかなように、引き出し用把持体として棒状のピンが記載されている。本願考案の要旨に示された「棒状のピン」には何らの限定はないから、引用例2記載の棒状のピン及び昭和57年6月発行の「板金塗装総合カタログ」(乙第1号証)に記載されている従来技術の溶植ピンが除外されるものでないことは明らかである。

引用例2には、原告主張のように、引き出した後の溶植ピンは、切断除去することが記載されていることは認めるが、従来技術の棒状の溶植ピンのすべてが、再度使用できないものであるとはいえない。上記「板金塗装総合カタログ」には、従来技術の棒状の溶植ピンがワッシャーと同じように扱われており、これらが必要に応じて適宜選択使用されていたものであることが示されている。

そして、引用例1には、前記のとおり、ワッシャーが作業者の手の力で、容易に捩り取ることができる程度の微量の電流で溶接され、再使用できることが示されているのであるから、棒状のピンも、当然のことながら、その端部の形状によっては1回限りのいわゆる使い捨てではなく、引用例1記載のものと同様に反復して使用できるであろうこと、その反復使用回数は、その形状、構造、材質や溶接の方法などによって決まるであろうことは当然予想されるところである。

したがって、「引用例1記載のワッシャーに換えて引用例2記載の棒状のピンを応用して本願考案のようにするようなことは当業者が必要に応じてきわめて容易に考案できたもの」(審決書7頁4~7行)とした審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  引用例1に、審決認定のとおり、自動車等のボディーの凹みを矯正する作業で使用される板金矯正具として、「トランスに接続して矯正具本体に通電し得るよう電極部を設け、矯正具本体の前部側に取付けられた電極の前端に導電性のワッシャーを備えた矯正具」が示されている(審決書3頁16~19行)ことは、当事者間に争いがない。

この矯正具について、引用例1(甲第3号証)には、「自動車のボディーの凹みHを矯正する場合において、まず、トランス8の一方の電極をボディー側へ接続し、他方の電極を矯正具1の接続端子7に接続する。この後、トランス8をオンし、ワッシャー10をボディーの凹み部分における所定の位置に当接させると、トランス8に予め設定された時間(本例では0.1sec~0.2sec)、電流が流れてワッシャー10が溶接される。このことによって、ワッシャー10がボディーBに対して仮付けされる。この状態において、ハンマー体4を手前側へ強く引き寄せ、当接面2Aへ衝突させると、ワッシャー10に対して凹みHの引き出し力が付与されるため、ボディーBの凹みHが原状態に矯正される。この工程が完了した後、握りアーム9を回動させて、矯正具1全体にひねりを加えてやると、ワッシャー10はボディーBから容易に解離される。このようにして、上記工程を凹みHの程度に応じて場所変えしながら繰り返すことによって、ボディーBの凹みHはほぼ完全に矯正される。」(同号証明細書4頁11行~5頁10行)と記載されており、この記載と引用例1の図面を見れば、引用例1には、「トランスに接続して矯正具本体に通電し得るよう電極部を設け、矯正具本体の先端に導電性のワッシャーを備え、前記トランスの入力によって、ワッシャーをボディーとの当接部分で、凹んだボディーに溶植し、引き出せるようにした矯正具」が記載されていることが認められる。

そして、この引用例考案1は、引用例1に記載されているように、「従来と異なり、矯正作業において、ワッシャー10の仮付けのための器具、そして凹みHの引き出しのための器具といったように各工程の専用具をその都度持ち換えることなく、単一の器具による一連の作業として行うことができるため、繰り返し作業を要する矯正作業にあって、作業時間の短縮を図る上で極めて有効である。また、仮付けされたワッシャー10の取り外しの際には、握りアーム9によるひねりにより、ボディーBから容易に解離させることができ」(同5頁11~6頁1行)との効果を奏するものであることが認められる。

2  この引用例1の矯正具(引用例考案1)と本願考案とを対比すると、引用例考案1の「トランス」、「矯正具」、「ボディー」が、本願考案の「溶植機」、「プラー」、「パネル面」に該当することは明らかであるから、本願考案は、その用いられる溶植片が「棒状のピン、または、山形状のワッシャー」である点で、審決認定のとおり、引用例考案1の「ワッシャー」と相違する。また、審決は認定していないが、本願考案は、これら溶植片が凹んだパネル面に溶植される場合、その「一点で」、「連続して繰り返し」溶植できるのに対し、引用例1には、この点が明示されていないことにおいて相違するが、その余の構成は、一致するものと認められる。

そして、引用例1の上記効果の記載と対比すれば、本願明細書(甲第2号証の1~6)に記載されている本願考案の効果のうち、「本考案は上記の如き構成、作用であるから、プラー本体をピン、ワッシャー溶植機本体のホルダー部に接続し、ピン又はワッシャーをパネルの表面に押し当ててプラー本体の中心部を貫通する導電体に電流を流せば、ピン又はワッシャーがパネルの表面に自動的に溶植されるものであり、従来の如く一々ピン又はワッシャーを先に溶植する手間が省けるものである。且つまたピン又はワッシャーとプラー本体は一体的に構成されるから、従来の如く溶植したピン又はワッシャーにプラーのチャック又はフックを引っ掛ける必要がなく、溶植と同時に引っ張ることができるから作業の迅速化を図ることができるものである。したがってパネルの復元作業に要する時間と手間を従来に比して大幅に削減することができるものである。」(甲第2号証の1・明細書7頁2~16行)との効果は、引用例考案1においそ、すでに達成されている効果であることが明らかである。

3  そこで、本願考案と引用例考案1の相違点である上記溶植片が、その「一点で」、「連続して繰り返し」溶植できるという点について検討すると、本願明細書(甲第2号証の1~6)の考案の詳細な説明には、これに関して、次のとおりの説明があるが、それ以上の説明はないことが認められる。

「円形のワッシャーは周囲の溶着部分を順次ずらしていくが数回しか使えない。本ワッシャーは山形状にしてあるので、山がなくなるまで数百回も使える。細長いピン状にしても同じである。先端幅を狭くしたことで円形のワッシャーでは当たってしまう小さなへこみでも引き出せる。」(甲第2号証の4・平成2年9月7日付け手続補正書、補正の内容3)

「本考案におけるプラー先端の溶植片は、従来から使用されているリング状のワッシャーではなく、棒状のピン、若しくは、先端の幅を狭くした山形状のワッシャーである。」(甲第2号証の5・平成3年10月18日付け手続補正書、補正の内容(2))

「プラー先端の溶植片を棒状のピン、または、山形状のワッシャーにしたことで、先端の一定箇所だけで繰り返し、へこんだパネル面へ連続的に溶植させることができるようになった。」(同、補正の内容(3))

そして、本願考案の「山形状のワッシャー」と引用例考案1の「ワッシャー」とは、その形状において「山形状」であるか、そうであることが明示されていないかの相違はあるが、その材質、大きさにおいて相違するものでないことは、本願考案の要旨にこの点について何らの限定がないことから明らかであり、また、その溶植における電圧、電流、通電時間等の溶接条件についても、本願考案の要旨には何らの限定もないから、この点においても引用例考案1と相違するところはないと認められ、また、引用例考案1のワッシャーは、ボディーに対して溶植され、これを用いてボディーの凹みが矯正された後、握りアームを回動させることにより、ボディーから容易に解離されるものであることは、前記のとおりである。

以上の事実からすると、引用例考案1のワッシャーも、本願考案のワッシャーと同じく、繰り返し利用できるものであるものと認められ、ただ、本願考案のものが山形状であって、先端幅が狭くされていることにより、その「一点で」繰り返し利用できるとされている点において、このことが明示されていない引用例考案1と相違するものと認められる。

そして、「棒状のピン」であれば、その材質、大きさを問わず、「山形状のワッシャー」と同じく、その「一点で」繰り返し利用できるものとされていることは、上記の事実から明らかである。

4  ところで、この溶植片として、従来から、ピンとワッシャーが普通に用いられていたことは、本願明細書の考案の詳細な説明の項に、従来技術として、「最近では、ピン、ワッシャー溶植法が普及してきて、・・・ピン又はワッシャーを電気的に溶植し」(甲第2号証の1・明細書2頁9~12行)と記載され、また、本願出願前に頒布されたことが明らかな昭和57年6月25日発行「板金塗装総合カタログ」(乙第1号証)には、「パネルの歪みや凹みの復元には、従来からあるハンマーとドリーによるビーティング作業の他、最近では電極しぼりやピン、ワッシャスタッドの手法が広く採用されている。」(同号証55頁1~4行)との記載があることから明らかである。

また、このピンが棒状のものであることは、上記「板金塗装総合カタログ」中の、各社の「電極しぼり/ピン・ワッシャスタッド」を紹介した頁(同57頁)に、ワッシャーとともに、棒状のピンが写真で示されていることや、引用例2(甲第4号証)に、本願考案でいう溶植片として、棒状のピンが挙げられていることによって認められる。

本願考案の「棒状のピン」が、溶植片として従来普通に用いられてきたこの棒状のピンを含むものであることは、本願考案の要旨に、「棒状のピン」について特段の限定がなく、本願明細書にも、「棒状のピンは、先端を鋭角状にとがらせると、解離した後、ばりが残り後処理に手間がかかる。これがため、棒状ピン先端部分は、丸みを帯びた形状が好ましい」(甲第2号証の5、補正の内容(2))との記載があるほか、その具体的な構成は、考案の詳細な説明及び図面にも全く示されていないことから明らかである。

そうとすると、引用例考案1のワッシャーに替えて、この周知の棒状のピンを用いれば、本願考案のように、「前記溶植機の入力によって、該棒状ピン・・・の一点で、へこんだパネル面に連続して繰り返し溶植」できることは、本願明細書の上記記載に照らして明らかであり、このようにすることに格別の考案力を要するものとは、到底認められない。

したがって、審決が、「引用例1記載のワッシャーに換えて引用例2記載の棒状のピンを応用して本願考案のようにすうようなことは当業者が必要に応じてきわめて容易に考案できたものと認められる」(審決書7頁4~7行)と判断したことは正当であるといわなければならない。

5  以上のとおり、審決が、本願考案と引用例考案1とにおいて、繰り返し溶植できるのが溶植片の「一点で」ある点をも一致点として挙げたのは、引用例1の記載に基づかないものといえるが、この誤りは、審決の結論に影響を及ぼすものではないものというべきである。

原告は、引用例考案2のピンと本願考案のピンとは形状を異にし、溶接方法も異なる旨主張するが、審決が引用例2を引用したのは、その「引用例2には、溶植片について棒状のピンで実施することが記載されており、この引用例2記載のものは本願考案及び引用例1記載の考案と同じ技術分野に属するもので溶植片については相互に応用可能なものであり」(審決書6頁19行~7頁3行)との説示から明らかなように、本願考案の棒状のピンは、引用例2に記載された公知の棒状のピンの適用にすぎないことを示すためであって、その溶接方法をも引用したものではなく、また、その形状については、棒状であることのみを要旨とする本願考案のものと相違しないことは、上記のとおりであるから、原告の主張は、いずれにしても、採用できない。

3 以上のとおりであるから、審決の判断は結局のところ正当であり、原告主張の審決取消事由は採用することができない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成4年審判第9855号

審決

横浜市港北区日吉7丁目3-10

請求人 安田宏明

神奈川県川崎市川崎区砂子1-10-2 横溝ビル

代理人弁理士 横溝成美

昭和59年実用新案登録願第121754号「ピン、ワッシャー、溶植用プラー」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年3月6日出願公開、実開昭61-36385)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和59年8月8日の出願であって、その考案の要旨は、平成2年9月7日付け、平成3年10月18日付け及び平成4年6月26日付けの各手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの、

「溶植機に接続してプラー本体に通電し得るよう電極を設け、プラー先端に導電性の棒状のピン、または、山形状のワッシャーを備え、前記溶植機の入力によって、該棒状ピン、または、ワッシャーの一点で、へこんだパネル面に連続して繰り返し溶植し、引き出せるようにしたことを特徴とするピン、ワッシャー、溶植用プラー。」

にあるものと認める。

これに対して、原査定の拒絶理由に引用された実願昭56-110728号(実開昭58-18614号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(以下、これを「引用例1」という。)には、自動車等のボデイーの凹みを矯正する作業で使用される板金矯正具に関するものが記載されており、その第3頁第4行から第4頁第8行目にかけて、

「1は矯正具全体であり、大略として前述したスライドハンマーSHを主体として構成され、その前部側には電極部Dが一体状に取付けられて構成されている。」、「電極6は円胴状に形成されて、その外側周面においてトランス8側へ接続するための接続端子7が螺着されている。」及び「電極6の前端面には引き出しリング10(本例では、引き出しリングとしてワッシャーが用いられており、以下において引き出しリングをワッシャと呼ぶ。)を取付けるための割溝11が凹設されており、該割溝11にてワッシャー10がボルト12等を介して着脱可能に縦向きに挟着される。」旨記載されており、前記記載と図面記載からみて、引用例1には[トランスに接続して矯正具本体に通電し得るよう電極部を設け、矯正具本体の前部側に取付けられた電極の前端に導電性のワッシャーを備えた矯正具]が示されており、

更に、第4頁第15行から第5頁第18行目にかけて、「ワッシャーをボデイーの凹み部分における所定の位置に当接させると、トランスに予め設定された時間、電流が流れてワッシャーが溶接される。このことによって、ワッシャーがボデイーに対して仮付けされる。この状態において、ハンマー体を強く引き寄せ、当接面へ衝突させると、ワッシャーに対して凹みの引き出し力が付与されるため、ボデイーの凹みが原状態に矯正される。この工程が完了した後、握りアームを回動させて、矯正具全体にひねりを加えてやると、ワッシャーはボデイーから容易に解離される。このようにして、上記工程を凹みの程度に応じて場所変えしながら繰り返すことによって、ボデイーの凹みはほぼ完全に矯正される。

したがって、本例によれば従来と異なり、矯正作業において、ワッシャーの仮付けのための器具、そして凹みの引き出しのための器具といったように各工程の専用具をその都度持ち換えることなく、単一の器具による一連の作業として行うことができるため、繰り返し作業を要する矯正作業にあって、作業時間の短縮を図る上で極めて有効である。」旨記載されており、

上記記載と図面記載からみて、矯正のための溶接から引き出しの一連の作業を凹みの程度に応じて場所変えしながら繰り返すものであるから、

引用例1には、更に、前記矯正具は[トランスの入力によって、ワッシャの一点で、凹んだボデイーに連続して繰り返し溶接し、引き出せるようにする]ものが示されている。

とすると、引用例1には、[トランスに接続して矯正具本体に通電し得るよう電極部を設け、矯正具本体の前部側に取付けられた電極の前端に導電性のワッシャーを備え、前記トランスの入力によってワッシャの一点で、凹んだボデイーに連続して繰り返し溶接し、引き出せるようにした矯正具]が記載されていることとなる。

そして、更に引用された特開昭51-145460号公報(以下、これを「引用例2」という。)には、その図面記載と共に、

[自動車のボデイの凹没部に溶接する引き出し用把持体即ち本願考案でいう溶植片を棒状のピンで実施すること]が記載されている。

そこで、本願考案と引用例1に記載されたものとを比較すると、引用例記載の「トランス」、「矯正具」、「矯正具本体の前部側に取付けられた電極の前端」、「凹んだボデイー」及び「溶接」は、本願考案の「溶植機」、「プラー」、「プラー先端」、「へこんだパネル面」及び「溶植」に相当するから、

両者は「溶植機に接続してプラー本体に通電し得るよう電極を設け、プラー先端に導電性のワッシャーを備え、前記溶植機の入力によって、該ワッシャーの一点で、へこんだパネル面に連続して繰り返し溶植し、引き出せるようにしたことを特徴とする溶植用プラー。」である点で一致し、

本願考案が、溶植片について、「棒状のピン、または、山形状のワッシャー」であるのに対して、引用例1に記載されたものは「ワッシャー」である点で一応相違している。

そこで、これらの相違点について検討する。

前記相違点に関して、更に引用された引用例2には、溶植片について棒状のピンで実施することが記載されており、この引用例2記載のものは本願考案及び引用例1記載の考案と同じ技術分野に属するもので溶植片については相互に応用可能なものであり、引用例1記載のワッシャーに換えて引用例2記載の棒状のピンを応用して本願考案のようにするようなことは当業者が必要に応じてきわめて容易に考案できたものと認められる。又、そのように構成した点に格別な作用効果を奏するものとも認められない。

従って、本願考案は、前記引用例1、 2に記載されたものに基すいて当業者がきわめて容易に考案することができたものであるから、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成 4年 12月 22日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例